その3

不思議な同居人


H君のような語学留学者は、約3ヶ月から半年の間、台湾の大学に中国語を学びに来る。
語学留学者は様々な事情を持っている。今回紹介する人は、その中でも少し変わっていると思う。

彼に会ったのも日本人宿だった。彼は、H君と同じドミトリーに住んでいた。彼のことは西君とする。西日本の出身らしいので、そう呼ぶことにする。年は30歳前半、色白で前髪はかなり後退気味だった。彼の姿を見ると、誰でも同じ言葉が口から出そうになるだろう。そんな感じの男性だ。

実は、西君とはほとんど話をしたことがない。挨拶をしてもほとんど無視するし、西君から挨拶をする事はない。彼はいつもドミトリー部屋でパソコンを黙々と弄っていた。同部屋の人間と話すこともほとんど無く、ひたすらパソコンを弄っていた。

語学留学生と言っても、H君とはかなり事情が異なっていた。H君は朝になると大学に行き、帰ってくるのはいつも夕方だった。それを月曜日から金曜日まで続ける。
しかし、そもそも西君は大学や語学学校には通っていない。いつも朝からドミトリー部屋でパソコンを弄っている。そして、午前11時くらいになると、なぜか図書館に行く。そして午後2時くらいになると、宿に帰ってきて、すぐ部屋に篭り、またパソコンを弄るという生活を2ヶ月ほど続けている。

西君の食生活は、かなり独特で禁欲的だった。西君は1日2食、お湯に入れただけ(麺は戻っていない)の即席麺をすするという生活を貫き通す。肉や野菜等といったものは邪道!!!と言わんばかりの食生活だ。
お湯に入れただけで戻っていない麺は硬いらしく、食べ辛そうにしている西君。しかし、その食事タイムも1分ほどで終わる。そしてまたドミトリー部屋に戻り、パソコンを弄るという生活だ。
こんな状況でも周りに助けを求めることはしない。まさに武士は食わねど高楊枝である。関西の有名私立大学を卒業しているという彼のプライドがそうさせているのだろうか?
単純に西君のコミュニケーション能力が極端に低いだけ・・・いややめておこう。

彼は現代に生きるラストサムライなのだ!と自分の中で思うことにし、助けないことを心に誓った。私は、けっして西君にシカトされたことをいつまでも根に持っている小さな男ではない!

西君は宿と図書館、安売りをするスーパー以外の場所を知らなかった。観光地には一度も足を運んだことがないらしい。廻りが見えなくなるくらい勉学に励む男らしい。しかし、台北駅の場所すらわからないのはどうかと思う。ここまで来ると、もう勉強以前の問題のような…いややめておこう。

そんな西君と話す機会が少しあった。話の成り行き(自分の一方的な話)で、以前はどんな仕事をしていたのか聞いた時、西君は「秘書のようなことをしてました」と答えた。西君のような・・・いややめておこう・・・真面目な男が、一体どんな権力者の秘書をしていたのだろうか?自分もそんな権力者のお膝元で働きたいな、とつい思ってしまった。

自分はこの後のことを知らない。もう宿を離れてしまっていた。ここから先は風の便りである。

西君の台湾生活は、約3ヶ月で終わることになる。お金がなくなってしまったのが原因らしい。
西君は、台湾生活の前にニュージーランドへ1年ほどワークホリデーに行っていた。しかし、ホリデーホリデーだったのが実情らしく、働くことは出来ずにお金が全然貯まらなかったそうだ。

西君が学校へ行かず、芸人でもないのに、1日2食、即席麺という木曜7時の黄金伝説のような粗食生活をする理由が良くわかった。

大阪出身なのに一度も関西弁を喋らない西君だったが、台湾の人とも中国語をほとんど交わすこと無く、3ヶ月の語学留学を終えてしまった。 
飛行機やバスの乗り方に自信が無く、一人で日本に帰ることが出来なかった西君。最後は、日本人宿に泊まっていた大学生に連れられて、ようやく日本に帰れた西君。
なんか・・・なんかなぁ~

「英語が上手くなるには、ボキャブラリーの多さですよね」とゲストハウスのオーナーに話した西君。
ボキャブラリー云々以前に、日本人と日本語でまともに会話が出来ないのに、外国人との会話が成立するわけないよなと、おもわず思ってしまった。

台湾やニュージーランドに短期留学というのは、とても素晴らしい。
しかし、日本に長期留学して、もっと日本語を学び、現地の日本人ともっと交流を持てば良いのに、とついつい余計なことを考えてしまった。

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